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Tonnara Florio

トンナーラ・フローリオは、シチリア島パレルモのモンテ・ペッレグリーノのふもと、かつてアレネッラという小さな漁村だった入り江にあります。湾の岸には、マグロを処理し貯蔵した建物群の遺構が残っています。その一角には、四つの小塔を戴くネオ・ゴシック様式の石造建築、パラッツィーナ・クアットロ・ピッツィが建っています。「トンナーラ」という言葉は、マグロを取る網と、獲物を処理し貯蔵する建物の、両方を指す言葉です。

この場所の歴史は、1830年、ヴィンチェンツォ・フローリオ(シニア)がここを買い取ったところから始まります。彼は友人の建築家カルロ・ジャケリに、建物の改造を任せました。それまで主に実用的な建造物を手掛けてきたジャケリが、ネオ・ゴシック様式でこの建物を仕上げました。フローリオ家はカラブリア出身で、造船、硫黄採掘、銀行、陶器、マルサラ酒、高級ホテルにまで及ぶ事業を築き、19世紀から20世紀初めのシチリアで最も影響力のある家系の一つになりました。この家が先駆けとなったのが、マグロを塩で干す代わりにオリーブオイルに漬けて保存する方法です。その方法は水産加工業を一変させ、フローリオの名を国際的な市場へ広げました。

19世紀末のパレルモは、ヨーロッパの社交の中心地の一つでした。先代の孫イグナツィオとその妻フランカは、王族や国家元首を招く豪華な宴を開き、この宮殿はその接待の場にも使われました。ロシアの皇后がここを気に入り、サンクトペテルブルクに似た建物を建てさせたという、裏付けのあいまいな話も伝わっています。後年ここに住んだイグナツィオの弟ヴィンチェンツォは、パレルモ東方のマドーニエ山地で自動車レース「タルガ・フローリオ」を創設しました。操業は20世紀初め、獲物の回遊路が変わってこの海ではまばらになると終わりました。かつての加工場は、コンサートや会議の会場として生まれ変わり、レストランとピッツェリアも入っています。漁船の浮かぶ水面の向こうにパレルモ湾と山並みが広がり、四つの塔がその輪郭を今も決めています。

都市
パレルモ
コンテンツ更新日

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