Église Saint-Pierre de Montrouge
パリ14区のプチ・モンルージュ地区、アヴニュー・デュ・メーヌとジェネラル・ルクレルク大通りが交わる角に、サン・ピエール・ド・モンルージュ教会が三角形の敷地の上に建っています。ローマ・カトリックの教区教会として生まれたのは1863年、ナポレオン3世が起こし、オスマン男爵が進めたパリ大改造の最中でした。手がけたのは建築家エミール・ヴォードルメールで、初期キリスト教のバシリカとロマネスクの聖堂から着想を得ています。
正面の入り口は丸アーチを配したネオ・クラシカル式で、その上に鐘楼が載ります。中に足を踏み入れると、コリント式柱頭の列柱アーケードが身廊と側廊を隔てるバシリカの空間が広がります。東側はとりわけ念入りで、小さな礼拝堂を従えた大きな翼廊が張り出し、縦の軸はさらに一つの礼拝堂で延びています。内陣には柱に支えられた大きなツィボリウム(祭壇天蓋)が立ち、頂にランターンを戴きます。装飾は当時のパリの芸術家たちの手になるもので、ナポレオン3世の後援のもと、絵画やフレスコ、彫刻、ステンドグラスが教会を彩ります。ステンドグラスはジェルとローランの工房の作、幾何学模様をグリザイユの硝子に描いて、身廊に柔らかな光を落とします。翼廊には聖ルイ、ジャンヌ・ダルク、聖ドニ、聖ジュヌヴィエーヴの像が並びます。大オルガンは1868年にバーカーの手で造られ、のちに幾度か手が入れられました。聖歌隊席にはもう一基、小ぶりのオルガンが据わっています。
1870年から71年、プロイセン軍に包囲されたパリでは、この教会は病院に転じ、砲撃に耐えました。パリ・コミューン期には閉鎖されて労働者クラブに転用されています。1982年にはパリの歴史的建造物に登録されました。車椅子のままでも中に入れます。鐘楼はヴィクトル・エ・エレーヌ・バッシュ広場に向かって立ち、砲火をくぐった壁の内側で、グリザイユの窓の光が聖人像を照らしています。
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