# Gedenkraum 16. März 1945

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コンテンツ更新日: 2026-06-22

ゲデンクラウム「1945年3月16日」は、ヴュルツブルクのレジデンツ内にある記念室です。ここでは、第二次世界大戦中の空襲が都市と宮殿にもたらした破壊を、写真を中心とする小規模な展示でたどれます。1945年3月16日、イギリス空軍の爆撃によって約5000人が命を失い、旧市街はほぼ完全に焼失しました。レジデンツも屋根、木造天井、床の大部分を失いましたが、中央部の大広間を含むヴォールト空間は残りました。

展示には、焼け跡となったヴュルツブルクとレジデンツを写した写真、当時の苦境を伝える管理人の報告書、関連する資料があります。1945年6月18日に到着したアメリカ人の美術保護担当官ジョン・デイヴィス・スキルトンは、屋根を失った建物を見て、残された内部装飾を守る緊急措置を始めました。彼がヴォールトを仮設の覆いで保護したことで、ティエポロのフレスコ画、アントニオ・ボッシの漆喰装飾、バルタザール・ノイマンの階段が救われました。

その働きは、水彩肖像画と個人的な証言を通して紹介されています。現在、これらの装飾はユネスコ世界遺産として知られ、記念室の内装も2016年のIFデザイン賞と2017年のドイツ・デザイン賞で評価されました。焼失した都市の写真と、救われた天井装飾の歩みが、戦争の破壊と文化財保護を一つの場所で結びます。

- 都市: [Würzburg](https://mytuur.com/ja/city/wurzburg/)

## この場所の写真

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- ![](https://mytuur-bucket.s3.amazonaws.com/image_Gedenkraum16Mrz1945_685e9243717a3e13abf17eb1_1.jpg) — [写真：wikimedia](https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Würzburg,_der_Sankt-Kilians-Dom_DmD-6-63-000-104_foto6_2016-08-07_14.10.jpg)
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